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第四回 
「春は選抜から」野球シーズン到来
(文) スポーツジャーナリスト・白髭隆幸
協力:SPORTS 21

今年はワールド・ベースボール・クラシックなんてのが開催されたので、それほどではなかったのですが、毎年3月下旬に甲子園球場で「選抜高等野球大会」が始まると、「ああ、今年も春が来たな」と感じるものです。この選抜野球大会、じつは主催の毎日新聞社が、ライバル朝日新聞社に対抗して生まれたことは知られていますが、その間にサッカーとラグビーの大会が生まれていることは知られていません。

朝日新聞社が全国高校選手権の前身である全国中等野球選手権大会をはじめたのが1915(大正4)年でした。その成功に刺激された毎日新聞社は3年後の 1918(大正7)年に関西方面を中心に「日本フートボール大会」を開催します。この大会はサッカーとラグビーの2競技を「ア式の部」(サッカー)「ラ式の部」(ラグビー)として同時に実施した画期的な大会でした。

現在、年末年始に開催されている「全国高校サッカー選手権」「全国高校ラグビー大会」のルーツとなる重要な大会ですが、当時のフートボールは普及することなくマイナーな大会のまま、野球に対抗できる大会には発展できませんでした。そこで毎日新聞でも野球の大会を持とうということになり、1924(大正13年)に選抜中等野球大会が誕生したのです。第1回は名古屋八事の山本球場で開催されましたが、翌年甲子園球場が完成したので、会場も甲子園に移りました。

朝日新聞の大会は、どんなに強いチームでも予選を勝ち抜かなければ本大会には出場できません。それとは異なり、毎日新聞の大会は選考委員会によって選ばれた「実力校」がそろって参加できます。ゆえに出場校が地域的なことは考慮されず偏ることもあります。じっさい、第10回(1933年)大会では和歌山県から4校(和歌山中、和歌山商、海草中、海南中)が、第14回(1939年)大会では愛知県から4校(東邦商、愛知商、享栄商、中京商)が出場しています。1つの県から4校も出場するのですから、その県のレベルがいかに高かったか分かります。

わたしの少年時代は、スポーツといえば野球しかない時代でした。ちょっとした空き地や広場は、どこも簡単な“ボールパーク”でした。サッカーでは「フットサル」なんて洒落たものが生まれて盛んになってきていますが、われわれの頃は自然発生的に「三角ベース」なんて少人数で気軽にできる野球を、子供たちの知恵で考え出したものです。バット1本さえあれば、ボールは安価な軟式テニス(現在はソフトテニスっていうんですね)のボールを使いました。したがってグラブもミットも不要です。かってにローカルールを作って、日が暮れて母親が「ご飯だよ」と呼びにくるまで夢中になってやっていたものです。

われわれ少年たちのヒーローは、長嶋茂雄であり、王貞治でした。もっとも、わたしが育った名古屋でジャイアンツを応援するのは、かなりの変わり者(クラス40人中2人くらい)で、かなり迫害を受け続けましたが……。でも、冬の間はプロ野球はお休み。春休みに入る頃、ようやく選抜高校野球が始まり、「ああ、今年も野球の季節が来たんだな」と実感させてくれるのが選抜大会でした。

一番思い出に残っている選抜大会は、1966(昭和41)年の第38回です。おらが県の代表・中京商が史上最多の4回目の優勝を果たしたのです。PL学園に5-2、高鍋を6-5、米子東を11-2、宇部商を5-4(延長15回)、決勝で土佐に1-0で勝ち優勝を果たしました。そして中京商は、その余勢をかって夏の全国選手権でも優勝、作新学院に続き2校目の春夏連覇を成し遂げました。彼等は郷土・愛知県では長嶋・王に匹敵するほどの英雄。その時のオーダーは、当時小学生6年生だった白髭少年も諳んじて言えるほどでした。

「平林、西脇、矢沢、伊熊、光岡、加藤、川口、片野、芝田」幸せな少年時代、すべてが「春の選抜」から始まったのです。選抜はその後も数々のドラマを生み続けてきました。春は3年生が卒業し、新入生が入ってくる前に開催されるため、新3年生と新2年生の2学年しかいません。そのために登録選手が満たされないチームがよく話題になりました。11人しか選手がいなかった1974(昭和49)年の第46回準優勝の池田高校の「やまびこイレブン」、12人で出場した1977(昭和52)年の第49回準優勝の中村高校の「二十四の瞳旋風」など思い出に残っています。

とくに中村高校は高知県代表でしたが、わたしの母校(愛知県立)と同名であったため、特別に肩入れした記憶があります。箕島高校との決勝戦の日が雨模様だったため、毎日新聞社にわざわざ電話をかけ、「今日の決勝戦は予定とおり行われますか?」と聞いた覚えがあります。山沖投手の頑張りも空しく中村高校は0-3で一敗、地にまみれるわけですが、なぜか自分の母校が準優勝したかのような気分になりました。たぶん、どなたにも、そんな思いでがあるでしょう。

選抜大会は、2000年をきっかけに大改革され21世紀枠を設けるなど、どんどん進化しています。駒大苫小牧の問題など残念な事件もありましたが、ことしも3月23日に開幕しました。若いプレーヤーが、WBCとは違った真摯なプレーで、新しい歴史を作ってくれるものと信じています。


白髭隆幸(しらひげ たかゆき) プロフィール

1954年6月9日、愛知県名古屋市に生まれる。 早稲田大学ラグビー部ファンの同人誌『荒雪』(1974〜78年発行)でスポーツジャーナリストとして活動開始。講談社より『熱闘!早稲田ラグビー』 『熱闘!大学ラグビー』を上梓。その後、講談社で編集者として勤務。
『高校サッカー年鑑』(1978〜)『ギネスブック・オブ・オリンピック』 『AJPS年鑑』『スポーツシリーズ』などを手掛けた。
1990年にフリーランスのライター、エディターとして独立。 北京アジア大会、アルベールビル、バルセロナ、リレハンメル・オリンピックではJOCの公式写真集に執筆。
一方、ビジネス分野でも鄭夢準『日本人に伝えたい』(日経BP社刊)、ジャック坂崎『ワールドカップ巨大ビジネスの裏側』(角川書店)のプロデュースに参加している。2002年は徳間書店刊『英雄神話』(隔週年24冊発行)のスタッフ・ライター&エディターとなる。

日本スポーツプレス協会理事 国際スポーツプレス協会会員 日本オリンピックアカデミー会員 
日本サッカーライターズ協議会会員 筑波大学非常勤講師

(主な取材歴)
オリンピック ・・・カルガリー、ソウル、アルベールビル、バルセロナ、リレハメル、アトランタ、長野
サッカーワールドカップ・・・ メキシコ、イタリア、アメリカ、フランス、韓国・日本
ユニバーシアード・・・神戸、札幌、バッファロー、福岡、大邱
アジア競技大会・・・ソウル、北京、広島、バンコック、釜山、青森
東アジア競技大会・・・釜山、大阪、マカオ
ラグビーワールドカップ・・・ニュージーランド・オーストラリア、イギリス・フランス
高校総体・・・福島大会いらい26回、国民体育大会・・・宮崎大会いらい27回(連続)

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